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まだ今の仕事で食っていけないときに、クラスメイトだった駅員のけんちゃんとムーミンパパみたいな人と一緒によく夜ドライブに行った。

運転はムーミンパパで、けんちゃんが助手席、私はいつも後ろの席。
パパはいつも、うっぷんがたまっていて、けんちゃんと私はいつも引きずられるようにして、連いていく。

けんちゃんも私も、パパがトイレ休憩のときに、どこ行くんだろうね・・早く帰れるようになんとかしよう、とごにょごにょやっているんだけど、なんだかんだパパに付き合うのが日課だった。

けんちゃんは駅員でそのころは安月給で、パパは土日ディズニーランドで働いていた。
けんちゃんにもパパにもそれぞれ好きな人がいて、私にはいなかった。それがとても気楽だった。

パパは、私に「だから、あなたって人は・・・」と言うのが日課だった。
「紐のない風船は、とんでっちゃいますよ」と言うのも口癖。
「私とけんちゃんは風船をつかまえてあげてるんです」と、最後にはむくれていた。


パパがよく好きで行った丘には桜並木があって、「春はここものすごいんだよ」と、いつも私たちにしみじみ話した。けんちゃんも私も「ふーん」と言っていた。
一度も春に行ったことはなかったけど。

私が、誰も来ないようなはじめての展示会をしたときに、パパは背広で、けんちゃんはいつもの格好で来てくれた。祝儀袋には「5000円」入っていた。


それからまもなくして、けんちゃんは彼女ができて夜のドライブにはいかなくなった。
パパと私は喧嘩をしてしまった。


時々、一人でその丘に行きたくなった。
それもやっぱり、春ではないときに。

並木道の咲いてない桜の木をみて、けんちゃんの眠い顔と、パパのしみじみを思い出す。
最高の友達だったのにな、私たち。
# by asayubana | 2016-05-21 08:52


蛍が拳にとまった。

橋の欄干から腕を伸ばして4分後のことだった。

「ねぇ、見て」

そう言った瞬間に、蛍は光を失い手を離れていった。

川辺に三つの光の点を見つけた。

信号のように交互に光り合いながら、それは四つにも六つにも増えて、光は鈍くなり、やがて夜に溶け込んでいった。

光が消えてからも、暫くの間しゃがみこんで、欄干の隙き間から夜の川辺を、見下ろしていた。

先ほどから、隣の人もそうしていた。

履き慣らした下駄に、丸い眼鏡をかけて、質素な風貌である。

「何を見ているの」

山口さんは下駄を履き直しながら言った。

「蛍が寝ているところを」

私が答えると、君らしいと言って満足そうにしていた。

「君らしいって言い方、なんか嫌」

私がそう言う隣で、山口さんは何も言わずに、髭を触っていた。

水面の反射は形を滑らかに変えていく。

降り注ぐ川の音と、黒く美しい影に吸い込まれそうだった。


「これをそのまま描けたらいいのに」

鉛筆をあてがう様に指を立てた。




「さ、行こう」

山口さんが、思い出したように呟いた。

立ち上がるときに、遅れて光った者がいたような気がした。

「あ、山口さんみたいな蛍がいた」

「私みたいな蛍って、どういうこと」

山口さんは、眼鏡に手をかけながら言った。

「眼鏡をかけているとか」

「ちがうよ」

「かっこいいとか」

「ちがうよ」

「そうなの、ちがうの」

「うん、ちがう」

山口さんは、ゆっくりと下駄の音を鳴らしながら歩いた。

私は、足元を見ながら草を避けて歩いた。

「あと半年もすれば受験だ」

何も描けない、消してばかりのキャンバスを思い出していた。

私が立ち止まると、山口さんも立ち止まった。

「大丈夫だよ、描けているよ」

「嘘、描けてない」

石を蹴って山口さんに飛ばしたが、暗がりに音もせずに消えた。


山口さんは、私の絵の先生の助手をしている。

美術大学の六年生だった。

単位が足りなくて卒業できないという他に、理由があって休学をしていた。


「山口さんは、なんで絵を描くの」

蹴りやすそうな石を見つけて歩道に蹴り上げた。

山口さんの下駄に、こつんと当たった。

「理由なんてない」

山口さんは下駄をじゃりっと音をさせて石を蹴ってきた。

「山口さんは苦しくても、なぜ描くの?」

もう一度、足元の石を蹴った。

「君は苦しいの?」

やや石が斜に転がって足もとに来た。

しばらく二人で押し黙った。



「山口さんは、どうして彼女がいないのか」

「いるよ」

「そうなの」


石を蹴り返したが、大きく道を逸れて見えなくなった。

「君はどうして私に厳しいんだ」

山口さんは髭を触りながら、笑った。

ボロボロの自転車で、山口さんが彼女に会いに行く姿を想像した。

かっこわるいな9割、原因不明の苦しさ1割。

二人で歩きながら、同じ場所に向かっている。


途中、山口さんは自動販売機でコーヒーを買った。

一口飲んで、私に飲むか、と差し出した。

私は青ざめて、首を大きく横に振った。

「苦くてコーヒーは嫌いだったけ」

山口さんは、あの蛍のように、ズレていた。



教室の蛍光灯の光が見えた。

二階の窓が開き、先生がタバコを吸おうとして顔を出したのが見えた。



私は突然、走り出したくなって、スタートをきった。

追い抜いていく私に驚きながら、山口さんも走り出した。

月に浮かぶような先生のシルエットが、全速力で走る私たちに気づいて微笑んだように見えた。

「いつまでもさぼってんなよ。蛍は、居たの?」

先生の声は先ほどまでの川の音をかき消し、よく響いた。


気づけば、私たちは全速力になっていた。

「どうして苦しいんだ、何もかも」

私がそう声に出したと同時に、山口さんの下駄が脱げて、歩道に転がった。

山口さんも転がった。

私は、下駄を拾って走り抜けた。

息を乱し膝をつくと、制服のスカートがコンクリートに擦れるのがわかった。

片手に握った下駄が、カランと澄んだ音を立てて転がった。


顔を上げると、教室の入り口に貼った絵が見えた。

山口さんの描いた、川辺の絵だった。

暗闇の中で青々と光る絵だ。

私の好きな人の絵が、徐々に瞳の中で滲んでいく。

溢れた涙を、拳で何度も拭った。

何度も何度も拭った。

後ろを振り返ると、山口さんが夜の道に落ちていた。

「思春期だね」

そう言って笑っていた。私は山口さんに当たらないように下駄を投げつけた。

暗闇の中で煙草に火をつけているのがわかった。

蛍よりも、浅はかなその光を見つめた。


先生がドアを開けた。

どうしたの、その黒い顔、と笑った。

ふと、拳を見ると、デッサン鉛筆がこすれて真っ黒だった。
# by asayubana | 2016-05-21 08:30

夜_e0196023_53307.jpg

# by asayubana | 2011-08-11 05:33
眠れる分度器_e0196023_524682.jpg

# by asayubana | 2011-08-11 05:24
深夜、テレビに映った_e0196023_4475510.jpg
深夜、テレビに映った_e0196023_4472162.jpg


知らない国の
知らない音楽

を、見てた

知らない国の
知らない人が生きていて
笑っていた

まったく感じない

すごく感じてる

似ている

生きていること
悲しい
痛い
幸福



こんなわたしは
だめな奴だろうか
# by asayubana | 2011-08-11 04:50